菅野完は騙されているのか?~森友事件シナリオに関する一考察

要旨

3月16日、「著述家」菅野完氏の献立てた面会の場で、森友学園理事長・籠池泰典氏から野党の調査チームに対して「安倍首相による寄付」の詳細が明かされた。野党は腰が引けつつもこれに乗っかる形で参考人招致を要求し、与党自民党はそれに証人喚問という形で応えてみせた。
籠池氏の自宅前で、氏を中心にして野党のトップクラスの議員たちが居並ぶシーンは衝撃的ですらあった。まるで、安倍討伐を決意した籠池の御旗のもとに集う志士たちのようではないか!



いざ幕府を倒すのじゃ!



……しかし、少し気を鎮めて考えてみてほしい。安倍自民vs籠池・菅野・野党連合軍。この構図は、果たして現状認識として正常なのか? なぜ一夜にして世間の認識はこんな形に歪められてしまったのだろうか?
私は、この展開は官邸側の描いたシナリオなのであり、事ここに至るキーマンとなった菅野完氏は、幕引きを狙った謀略に図らずも(あるいは知った上で?)利用されているのだ、と考える。


誰かの手によって塑造された「籠池・菅野・野党連合軍」の世間的イメージをひとことで表すなら「胡散臭い」であろう。官邸は「胡散臭さ」を野党にまとめてなすりつけ、対する自らに正義あり、と主張する気でいる。おそらく野党各党は現在の展開にある程度のショックとダメージを受けているだろう。特に民進党の小心者たちの慌てふためきようといったら、気の毒になるほどだ。しかし、冷静に現状を捕まえ直せば、また違った盤面も見えてこよう。野党も菅野氏もこのことに早く気づくべきである。
読者諸氏がこの文章を陰謀論の類と感じているだろうことは想像に難くないが、まあ待ってくれたまえ。この事件の展開の細部を丁寧に洗い直すことで、この読み筋の妥当性を示そう。


ネットを中心とした流れのおさらい:事件発覚初期

疑心暗鬼と、逐次投入されるネタ


地元の木村市議らが2016年から追及を続けていた豊中国有地払い下げに関する疑惑だが、なかなかメディアで報じられることはなく、ようやくの全国第一報となったのは木村市議による提訴の翌日、2017年2月9日づけ朝日新聞記事であった。ひろゆき氏らがツイッターで紹介したこともあろうか、はてブ界隈ではこの記事の時点で大いに注目を集めている。メディア各社の動きはこの後も極めて鈍かったが、2ちゃんねるのν速+板が即座に祭りに近い状態となったことは、後の展開の巨大さを暗示していた。
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この時期の疑心暗鬼と小規模などんでん返しの連続は、3月18日現在の振り幅の大きい展開のフラクタル的な部分構造をなすようにも思われて興味深い。


たとえば、第一報に食いついていた民進党の議員候補が、財務省から「ごみ処理費用」という説明が出た直後に脊髄反射で全面謝罪したツイートは1000回を超えてRTされ、その後も長い期間にわたってν速+板の森友関連スレ(以下2ちゃんねるとのみ呼称)の書き込みにコピペとして引用されることとなった。


時を同じくして幼稚園退園者のブログから発掘された「安倍晋三記念小学校」払込取扱票は、これもまた大いに疑心暗鬼を煽るアイテムだった。これは偽造だろう、という見解が2ちゃんねるでは大勢を占めていたようだ。一般常識では考えがたい名称であることはもちろんだが、発掘元のサイトの開設が第一報の2日前であるという事実は極めて奇妙だった。前身となるブログ(閉鎖済み)が存在したとはいえ、なぜ提訴を予期したかのように歩調を合わせて公開できたのか? 2014年の払込取扱票が、なぜこの時期にネットに初お目見えなのか? 当時の意見として有力だったのは、これは「永田メール」的な展開を狙った毒入りの情報であり、これに食いつけば疑惑全体がその毒に汚染されて有耶無耶になってしまう、気をつけろ、といったものだった。つまり取引関係者による陰謀・工作が疑われていたのである。単純に反安倍勢力によるデマと受け止める層も少なからず存在し、それらが複合した結果として、ツイッター検索でも「安倍晋三記念小学校」と入力すれば「デマ」がサジェストされる、といった状態が続いた。


だが結果的にこれは本物であった(と現在では見做されている)。民進党の福島議員によって国会に紹介された前後には、まさかこれも本物だったとは、という驚きがネットを満たした。



この時期のシナリオに裏はあるのか?


上記の通り、幼稚園退園者のブログが提訴の1日前に開設されている、という事実は有耶無耶にすべからざる点だろう。第一報にあわせて「安倍晋三記念小学校」というパワーワードをネット上でバズらせてやろうという何者かの意図が働いていた可能性は無視できない。ごく自然に考えれば、日本会議に敵対する勢力による仕掛けである。始まりからして、この事件はどこかの手練れのシナリオ書きが一枚噛んだ作品だったのである。


付け加えると、「安倍晋三記念小学校」の払込取扱票をはじめ、塚本幼稚園の副園長らによる「手紙」など、メディア映えするセンセーショナルな文書を真っ先に抑えて公開していたのがノイホイこと菅野完氏であることは、記憶にとどめておかねばならない。



おさらい:菅野完氏がスポークスマンになるまで

メディア・コントロールと「陰謀論


その後は、衆院では宮本議員、参院では小池議員など共産党議員らによる「打ち合わせ記録」「面会記録」等の文書を軸にした国会質疑を梃子として、事件の全体像はとめどなく拡大していく。「面会記録」提示直後の鴻池氏の会見はその三文芝居っぷりで人気を集めたが……、彼の出番はそこだけだったようだ。
既にネットはほぼ現場で動く議員らの情報を後追いするだけの場となっていたが、同時に大きな話題として立ち現れたのは、自民党がこの問題に関するメディア報道に極めて神経質になっているらしい、という事実であった。
anond.hatelabo.jp
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2月の下旬にははてブでもこれらの記事が注目されている。まとめサイトの偏向は「マーケティング」の一言では片付けにくいレベルに達しており、またNHKを筆頭にTVメディアでの報道の自粛ぶりも目についた。これらの事実は、政権によるメディア・コントロール――2ちゃんねるで「アンコン」と呼び習わされてきたもの――が決してただの陰謀論ではなかったことを示す証左と位置づけることもできるだろう。


2月27日には、国会中継自民党が拒否。予算委員会の最終日がテレビ中継なしという異例の事態から、自民党の戦々恐々ぶりが窺い知れる。
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同日夜、安倍首相は赤坂飯店で各メディアのキャップらを集めて懇談。この情報は記者からリークされ、ツイッターで拡散。「赤坂飯店」がツイッターのトレンドで1位を取るほどの勢いを見せ、店の前には「出待ち」のネット民が集った。このリーク情報をツイッターにもたらしたのも、ほかならぬ菅野完氏であった。


3月2日発売の週刊文春の記事は「口利き」した本人の告白を謳っていた。2ちゃんねるでは、内容が明らかになった直後から、これは政権側からの故意のリークであり、ミスリードを狙ったニセ記事であろう、という見方が大勢を占めていた。故・鳩山邦夫氏の名前が出ていることが非常な嫌悪を誘った。結果的にその前日には例の「面会記録」が飛び出し、記事は完全に価値を失って埋もれていくことになる。こんなクズ記事をもとに「ワイドショーは一色でしょう。政権は持つのかしら?」などと発言した水道橋博士のことを私たちは忘れてはならない。



籠池爆弾、炸裂


いっぽう森友学園理事長である籠池氏もセンセーショナルに登場した。まずは2月21日のTBSラジオ荻上チキ氏を相手に長広舌を振るう。「お国と私の方は、なんとなく思いが通じた」「7階、8階建で立てる予定だった」「第六感」「タイムラグ」等の迷言が次々に飛び出した彼の説明は一聴してわかるレベルの嘘にまみれており、聴取者の度肝を抜いた。想像するに、「隠すべきこと」を財務省から言い含められたあげくの、籠池氏の精一杯がこれだったのだろう。端的に言って、彼は疑惑の目にさらされて耐えられるほど頭の回る人物ではなかったのだ。
その後は鳴りを潜めていた氏が再び動き始めたのは3月8日のYoutubeデビュー(即座に消去)からだ。この動画は、稲田大臣の虚偽答弁を指摘しつつ「尻尾切りはやめてほしい」と語る部分がことに波紋を広げた。しかし直後の10日には電撃記者会見。8日の動画では認可・開校を強く求めていた彼が、わずか2日で認可申請の取り下げと理事長退任を発表するという急転回ぶりは驚きを誘った。この経緯は当然ながら憶測を呼び、誰もが何らかの圧力の存在を疑った。記者会見の去り際、籠池氏の長男、佳茂氏が残した「そりゃ大変なんですよ、圧力みたいなんが」という直球の言葉はその疑いを確信に変えた。
記者会見には菅野完氏も参加していた。この場での「初対面」を経て、菅野氏は長男の佳茂氏、さらには籠池氏本人と急速に接近。2日後には籠池氏の自宅において「独占インタビュー」をものにすることになる。



記者会見に至る流れは、誰のシナリオなのか?


2月21日のラジオ出演は、事態をコントロールしたかっただろう財務省にとって極めて不都合な出来事だったはずだ。何しろ聴いている人すべてが、取引に不正があったことを瞬時に悟るほどの内容だったのだから。籠池氏が述べている「10日ほど表に出るな」という指示が本当にあったとすれば、この直後のものだろう。
さて、多くの人は3月10日の記者会見時に「何らかの圧力」の存在を確信したのだった。その確信はおそらく正しい。だが、私たちはここで立ち止まって考えてみなければいけない。圧力とはどのような内容で、どの時期にかかったものなのだろうか?
時期については3月8日の動画が消された瞬間から記者会見が決まるまでの間、とするのが一般的な見方である。もっと狭めるなら、9日の府職員による視察から記者会見までの間、となる。当然だろう、明らかにその間に転向しているように見えるのだから。内容についてネットで主流だった読みは、概ね次のような取引を疑うものであった。

  • 条件
    • 取引に関する政治家の関与の否定
    • 稲田氏を始め、政治家とのつながりについて黙秘
    • 認可申請の取り下げ
  • リターン
    • 土地の買戻特約についての何らかの猶予
    • 刑事事件化の阻止
    • りそな銀行等からの融資による破産回避

――しかし、本当にそうなのだろうか。まるまる2週間にわたって姿を隠していた時期ではなく、再び姿を現した直後にようやく、圧力をかけたというのだろうか。もしそうなら、財務省あるいは政府の対応は随分と雑なものだったと言わねばならない。私たちが目を向けるべきは、雲隠れしていた期間の方である。これだけ時間があったのだ。そこで誰かがシナリオを練っていた、と考える方がよほど自然ではないか。


おさらい:菅野氏、籠池氏に取り入る

「胸アツ」のシナリオ


hbol.jp

菅野完氏の驚くべき記事と動画が公開されたのは3月13日のことであった。敵対していたはずの両者が劇的な和解。そして明かされる、「やはり真実だった」稲田大臣との関係。続けて出廷記録などの物証も飛び出して、国会では稲田氏の病的な記憶力のなさが明かされることとなった。見放されたのか、防衛省内から南スーダンの日報に関して次々リークも飛び出すことになったのだが、それはまた別の話。
この事件もいよいよ怒涛のクライマックスを迎えたかと誰しもが思った。事態はスピードを上げてゴロゴロと転がっていった。3月14日、籠池氏が塚本幼稚園の修了式で語った「財務省に言われて身を隠していた」発言がリークし、財務省は即座に否定。翌15日午後にはついに菅野完が生中継で全国デビューして「内閣2つ吹き飛ぶ」宣言、夜には現職閣僚との金銭授受を含む関係について予告。菅野氏の説得に胸襟を開いた籠池氏がいよいよ真実のみを語る決意をしたと受け止める人も多かった。
翌16日の卒園式で今度は「安倍首相から100万円の寄付」発言が出てリーク、直後に今度は予算委員会の視察団を前に生中継で同じ発言が飛び出す。そして野党の調査団が籠池邸に招き入れられて安倍首相からの寄付等について説明を受け、出てきたところで籠池の御旗のもとに集う志士たちの図が完成したのであった。翌17日、菅野氏によって安倍氏からの寄付の間接的証拠とされる払込受領書と寄付者名簿が公開。夜には菅野邸に何社もの記者が集まる中、氏の仕切りで籠池氏の長女・町浪氏へのインタビューがツイキャスで生放送された。
菅野氏によれば、


ということらしい。洗脳の解けた愛国カルト戦士が、最後の力で安倍政権をぶっ倒したあとは真の教育者として再生するのだ。子どもたちの笑い声があたりに木霊する。なんと、なんと美しい物語!



違和感


本当に、これが真実のシナリオなのだろうか? 誰かが、どこかで、観客を騙しにかかっていないだろうか?

  • なぜ、籠池一家は揃ってまったく同じタイミングで、しかも一瞬にして転向したのか?
  • なぜ、松井一郎氏は菅野氏についてよく知っているような喋り方をしているのか?
  • なぜ、籠池氏と菅野氏は野党が調査団を組んで来たら真実を話す、などという奇妙な条件を提示したのか?
  • なぜ、安倍昭恵夫人はちょうど野党の調査団が話を聞いているタイミングでメールを送ったのか?
  • なぜ、「国会の場で」話さなければならないのか?
  • なぜ、払込受領書はわざわざ修正テープで消され、郵便局の主務者印が押されているのか?
  • なぜ、100万円の振替時の詳細について、食い違う複数通りの説明がされているのか?
  • なぜ、この期に及んでいかなる捜査機関もまともに動いていないのか?

ここ10日間の展開を検証する

記者会見シーン


菅野氏の記事から引用しよう。

名乗った瞬間、理事長は、「菅野?あ、菅野さんか!菅野さんか!あなたが菅野さんか!あなたちょっと悪いんじゃないの」と叫び、立ち上がった。あからさまに激昂している。
これを制止し、「菅野さんばかりの質問に対してお受けするわけにはいきませんので」と、違う記者に質問を振ったのが、籠池理事長の長男・佳茂氏だ。私の目には、激昂する父とそれを制止する息子の対応の違いが印象的に映った。

https://hbol.jp/133139

そうだっただろうか?
youtu.be
記者会見の質疑冒頭。菅野氏が名乗りもせず先走って質問を始めたのに、それを咎めもしない森友学園側。「お金と言いなさい」の漫才めいたやり取りの横で長男の佳茂氏は水を口に運んで、遮るようにやおら尋ねるのだ(菅野氏に倣って特記するなら、佳茂氏が水を飲んだのは2時間前後の記者会見でこの瞬間だけだ)。


「今質問されてる方なんですけど」「スガノです」「あの、どどどこのス、あの、方ですか?」「フリーのスガノです」


質問を先取りするように名乗る菅野氏に対し、籠池氏と佳茂氏はふたりして指差しながら「ああ、菅野さん!」と声を上げる。ふたりともこの瞬間は笑っている。


「あなたちょっと悪いんじゃないの? ほんとに。今メガネかけてるけど」「いやぼくずっとメガネかけてますよ」


このやり取りから本気の激昂を感じ取るのはいささか困難だ。立ち上がった籠池氏を親しげな手つきで制する佳茂氏。


「菅野さんばかりの質問に対して、お受けするわけにいかないんで」
そこまで言ったところで、すぐに腰を下ろした籠池氏がすかさず引き取って続ける。
「菅野さんはあとにしてください。菅野さんはあと。ほかの方どうぞ」「ほかの方がたくさんおられると思うんで」「ほかの方どうぞ」


ほかの記者に最初に話を振ろうとしているのは、実のところ籠池氏である。ふたりはほとんどの瞬間において、同調して動いているように見受けられる。



単独インタビューに至る流れ


単独インタビューの裏側を描いた赤澤竜也氏の記事によれば、菅野氏と籠池氏をつないだのは、長男の佳茂氏と、週刊文春にニセ告白を売った川田氏だという。佳茂氏は日本会議事務総長・椛島有三氏に連れられて山谷えり子氏に出会い、カバン持ちをしていたと自称(NEWSポストセブン)。つい先日までは籠池氏とは絶縁状態だったというのだが、不思議なことに記者会見直前になると唐突に籠池氏を庇うような形で表立って登場しはじめ、会見では思想そのものも記者会見の取り回しも、籠池氏と息ぴったりなところを周囲に見せつけている。
川田氏の方はというとおそらく、籠池氏と安倍首相をつないだとされるPTA役員その人であり、週刊文春の記事については自ら意図的な誘導と認めている。週刊朝日に対しては次の通り。

「文春さんに話したのは安倍政権を守りたいから。私が鳩山の名前を出せば、安倍首相に目がいかなくなると思ったからです」

[https://dot.asahi.com/wa/2017030600043.html

しかし赤澤氏によれば次の通り。

当初、川田さんは国有地8億円値引きの問題から安倍首相を引き離すため、官邸サイドの意向のもと記事作成に協力したとにらんでいた。タイトルには安倍晋三と打っているものの、中身を読んでみると「鳩山邦夫事務所 参与」の名刺で統括国有財産管理官に会ったということになっている。まさに死人に口なし。政治的な意図を持った告白記事だという認識だった。
ところが川田さんの話を伺っていると、彼の目的はまったく違うところにあったことが判明する。彼はマスコミの集中砲火から籠池家を守るため、あえて火中の栗を拾いにいっていたのである。
「私には小さい子どもも妻もいます。それにこんなことをしても何の得にもなりません。そりゃあ、随分迷いましたよ」

https://news.yahoo.co.jp/byline/akazawatatsuya/20170315-00068712/

この人物と、この経緯。どこもかしこも、釈然としないことだらけだ。



菅野完独演会


3月15日の14時半にセットされた外国特派員協会の記者会見については、中止かどうか当日の昼前まで情報が錯綜する状態で、メディアは踊らされていた。ちょうど番組内での生中継を目論んでいたワイドショーなど、各局は中止の確証を得られないままカメラを派遣。記者会見自体は結局中止と判明するが、なぜか籠池氏が上京したため、結果オーライで氏を出迎えたカメラの列によって羽田空港では狂騒が繰り広げられた。


籠池氏は、菅野氏の自宅を訪ねて来たのだという。しかし菅野氏は取材のため大阪にいた。即座に東京に引き返すことを決意した菅野氏は、間のいいことにちょうど本来は会見が予定されていた時刻に帰宅、報道陣を前に独演会を繰り広げる。もちろんワイドショーはこれを生中継するという選択肢を選ぶ。
菅野氏は手際よく用意した顔写真入りの手配書のような紙で迫田前理財局長と松井大阪府知事を糾弾するとともに、「内閣ふたつ飛ぶ」「安倍晋三なんかどうでも良くなる」などのセンセーショナルな言葉で煽ってみせた。活動家だった過去を彷彿とさせる役者ぶりであった。
さて、このくだりはもちろん、いかにも出来すぎているのだ。私個人としては、ここはサブライターとして菅野氏自身の手が入ったシナリオだと断じたいところだ。彼はこの機会を自らの主張のために最大限利用した。迫田氏と松井氏を追いかけろ、というのは決して籠池氏の言葉ではなく、菅野氏自身の言葉に相違ない。
この独演会ではもうひとつ重要なこととして、「野党が調査チームを共同で組んで訪ねれば、物証をそろえてすべて話す。メディアはその後ぶら下がりが可能」という籠池氏のメッセージが伝えられた。これは完全に籠池氏側による、野党とメディア双方に対する仕切りだ。仕切り方の明瞭さは奇怪ですらある。これも、菅野氏の手が入った発案なのだろうか? あるいは、籠池氏の口からそのまま出てきたものなのか?



籠池氏の「孤独」


さて、独演会において菅野氏が「ぼくにだけ話す言うてるんです」と語った言葉は、大多数の人にとっては奇異なものに思われたはずだ。その意外な展開を脇から補強した伏線が、リークされた塚本幼稚園修了式の音声である。「身を隠していろ」と告げられていたという新証言とともに耳目を集めたのは、「保守の人は誰も助けてくれなかった」という嘆き節だった。愛国保守を信じてきたのに仲間に裏切られた、みんな薄情だった、あいつらを信じた自分が間違っていた、というわけだ。
しかし彼はなぜ、彼の愛国教育をずっと信じてきたような愛国家族連れを前に、修了式でこんなことを話したのだろうか。そしてなぜ、この音声は流出しているのだろうか。
仲間からの裏切り状態というのは、確かに現実に存在しているように見える。青山繁晴氏や竹田恒泰氏はじめ、さまざまな愛国界隈の個人が冷酷な掌返しコメントを次々と発表。最もわかりやすいのは日本会議の対応だろうか。2016年8月に日本会議大阪の代表委員として紹介された映像がネットに残っているにもかかわらず、2月17日には同団体は週刊誌記事に対して「運営委員ではあるが代表委員ではない」と抗議。3月14日になると、この抗議文が日本会議大阪のサイトに掲載されたばかりなのをものともせず、日本会議本体が「森友学園問題 籠池氏は6年前に日本会議退会 (産経新聞) - Yahoo!ニュース」なる発表を行った。これは2ちゃんねるでは「歴史修正主義者としての面目躍如」等として大いに面白がられたのだが、しかしはてさて。この齟齬は本当に、日本会議が何も考えていないが故に引き起こされたオモシロ案件なのだろうか?



予算委員会の視察と、野党調査チーム


さて、独演会翌日。これまた間の良いことに予算委による視察が組まれていたのがこの日である。籠池氏に指示されたとおり野党は調査チームを組み、視察後に籠池邸を訪れる手はずとなった。メディアにとっても何と都合の良いことだろう。視察に同行取材したら、直後には籠池氏の私邸で調査チームとの面談を取材できるのだ! 偶然の日取りとはいえありがたい。
視察に先立って野党がこの面会を調整していたところ、自民党は民進党に対して籠池氏と面会しないよう要請。菅野氏のビッグマウスから出た吐息に飛ばされて既に舞い上がっていた2ちゃんねる住民は、この異常事態を受ければ阿波踊り状態で狂乱した。
いよいよ視察団が瑞穂の國記念小學院に到着すると、籠池氏は彼らを引き連れてメディアのカメラの目前に立ち、大音声で宣言した。
「誠に恐縮ですが、安倍内閣総理大臣の寄付金が入っておりますことを伝達します」
どうやらついに内閣がふたつ吹っ飛ぶ大爆弾が炸裂したらしかった。山本太郎議員は、頭の中に花火の上がり続けるアベ政治を許さない面々を代表してツイートの儀を執り行った。

次のイベント、籠池邸での面会には野党4党をそれぞれ代表して、今井雅人小池晃福島みずほ森ゆうこの4議員が馳せ参じた。錚々たる顔ぶれと言えるだろう。あの爆弾発言について、いったいどんな物証が出て来るのか。面会後、議員たちは何を話すのか。人々は固唾を呑んで見守った。そして――あの何とも言えない物証だけを手にすごすごと引き上げながら、4議員はメディアにあの「籠池の御旗に集う志士たちの図」をプレゼントすることになったのである。

「7つある」と菅野氏が言っていた「爆弾」の残りは、今井議員によればひとつも示されなかったという。しかし面会中には、まるでタイミングを見計らったかのように安倍昭恵夫人からメールが着信、籠池諄子夫人がそのメールを野党議員らに示して関係性をアピールしたという。


籠池一家は本当に揃って脱洗脳したのか?


賢明なる読者諸氏はもう私の言いたいことにお気づきだろう。「寄付」発言を出すまでの演出は感情のうねりを作り出すために事細かに考え抜かれたものであり、各演者はそれを計算通り、指示通りに演じ抜いた。おそらくそのシナリオが描かれた時期は3月の第1週。つまり、8日のYoutubeデビューからあとの籠池氏の行動はすべてそのシナリオに沿ったものだ。ここで「切り捨てられよう」としている尻尾は誰なのだろう? 少なくとも、尻尾の中に稲田朋美氏が入っていることは確かだろう。日報に関するリークもシナリオの一部かもしれない。能力不足が露呈し、お気に入りだったはずの稲田氏も体の良い捨て駒にされた、というところか。
籠池一家脱洗脳などできていない。官邸の提示したシナリオに沿って動いている。理事長夫妻、長男、長女。この4人が同時に脱洗脳して、目の敵にしていた共産党議員に秘密を明かすだなんて、本来はよく考えなくたってありえない話ではないか。
「野党が共同で調査チームを組んで家まで来たら話す」「メディアにはぶら下がりをさせる」という籠池氏の指示が極めて重要だったのであり、それこそが「籠池・菅野・野党連合軍」を世間に印象づける絵面を作るための罠だったのだ。あまりにスピード感のある展開に浮足立って、結果として野党連中は踏んづけてしまった。
私個人の考えでは、100万円の寄付話は真実の可能性が高い。昭恵氏に渡そうとした講演料が云々、という説は顧みる価値もなかろう。なぜなら昭恵氏は、過去何度も講演に足を運んでおり、講演料については当然、2015年9月時点で共通の認識があったはずだからだ。そして9月7日に学園名義で100万円を振り替えている理由について、ほかの説明を試みるのはかなり困難だ。
ただ、少なくともあの受領書に関しては最近になってわざわざ偽造したものである可能性が高いと感じている。あの絶妙な「胡散臭さ」といったら……。その胡散臭さの理由について何通りもの説明をしてみせることで、胡散臭さのシンフォニーが完成する。
いずれにせよ、この「寄付」についてはいかなる証明もほぼ不可能だろう。だからこそ、このシナリオで「爆弾」として選ばれたのだ。証明もできない、証明できてもなんの罪でもない、線香花火のような爆弾だ。



菅野完氏はなぜアッサリ騙されているのか?

鍵を握るのは菅野氏の3月1日のこのツイートである。そして、シナリオライターもこれを見て思いついたのかもしれない。
おそらく、菅野氏は籠池氏に特別なシンパシーを感じる立場にあるのだ。それを事実として知っていたライターはこれが利用できると踏んだ。菅野氏はなにしろ弱者の味方を自任している。弱って見せれば共感で涙をこぼしさえするだろう。そうやって取り入って、籠池氏が自分に胸襟を開いたと思わせることさえできれば、あとはこの特殊な「心の奥底の共感」が菅野氏を突き動かしてくれる。事件初期からの菅野氏の動き方を見ていれば、どういう材料を与えればどういう攻め方をしたがるか、ある程度は予測がつく。御しやすい駒なのだ。
一世一代の大立ち回りを演じている菅野氏自身が、いま気づかず浮足立っている。狂った愛国カルト連中に裏切られた哀れな籠池一家のために、アベのタマを取ったろう、と意気込んでいる。鼻息荒く意気込んでいるのだ。偽造された情けない「物証」だけを手に。だからこそ、人目には余計に胡散臭く映る。
菅野氏は自身が「籠池娘のブログ」と看破していたあのサイトのここ数日の投稿を読んでみるべきである。
桜花 思い残さず 散りにけり - さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」 - Yahoo!ブログ
「愛国保守」から見た現状がどんな風であるべきか、実に芝居がかった仕草で描き切っているではないか。これもシナリオの内ということなのだ。



6つの可能性


以上は私個人の見立てたこの事件のあらましであるが、もちろんほかの可能性も排除すべきではない。特に、日本会議研究者の中には菅野完氏を、日本会議の本質を矮小化しつつガス抜きをしている工作員である、と見做す一派が以前から存在しているらしいことには留意してみた方が良いのかもしれない。考えてみれば、菅野氏はことあるごとにこの事件の本質をずらそうずらそうとメッセージを発していなかったか。菅野氏が2月13日に出した記事のピントのずれ方は、意図したものと見えなくもない。疑いだせばキリがない。
逆に、あらゆる深読みを排した見方もある。総合すれば概ね次のような具合になる。

  1. 籠池一家
    1. 転向完了している
    2. 転向完了しておらず、菅野氏はそれを知らない
    3. 転向完了しておらず、菅野氏はそれを知っている
  2. 籠池一家の「寄付」発言は
    1. 真実である
    2. 虚偽である

これらの組み合わせで6通りの解釈が可能だ。心の清らかな人が清らかに解釈すれば「1-1」となる。おそらく現状で大勢を占める読みは「1-2」だろう。私の見立ては「2-1」であり、陰謀脳レベルMAXが「3-2」ということになる。私たちはこのポストトゥルースとかいう時代にあって、陰謀脳レベルの調整という能力を身につけなくてはならない。

終わりに

合作


あらゆる出来事がそうであるように、この事件も多数のシナリオライターの合作である。ただ、巨大な背景を持った書き手が激突している感はある。継ぎ接ぎの展開だから、誰かの意図通りにすべてが動いているというわけではもちろんない。ただ、現状、この3月19日時点の状況には、特定の――官邸サイドの――思惑が色濃く反映されているのではないか、というのが私の感触である。



これは「うっちゃり」に過ぎない


野党各党の議員。もし不安に押しつぶされそうなのであれば、2月21日のTBSラジオを思い出すべきだ。あれがこの事件の真実である。財務省から複雑な指示を受け、異様なことしか述べられなかった籠池氏の様子が、すべてを物語っている。不正はあったのだ。
おそらくことは複雑だ。愛国カルトと、それを称揚する日本会議系の思想が絡み合い、忖度が忖度を呼び、明確な証拠などほとんどないままに見かけ上「適法」な手続きとして払い下げられている状況だろう。それでも、各所で「おかしい」と感じている人間はいたはずなのだ。だから皆、逃げている。
安倍首相の寄付だなんて、どこからか降ってわいた瑣末事にすぎない。ほんの3日前まで、誰もそんなことは争点にしていなかったではないか。
籠池氏の証人喚問はスタートにすぎない。菅野氏の主張する通り、迫田氏を呼ばねばならない。もちろん松井氏も。学園の資金の流れについても洗わなければならない。寄付は、融資は。全貌を明らかにするのだ。国民はそれを望んでいる。



籠池一家


理事長夫妻、そして長女の町浪氏。カルト思想がどうなのか、ということは別にすれば、教育への熱意などは本物なのだろうと感じられてならない。できれば脱洗脳が(私の見立てに反して)本物であり、そしてなんだかすごい奇跡でみんなのパワーが集まって学校法人が助かって、いずれ素晴らしい幼稚園の再建がかなったら良いなと切に願っている。脱洗脳が確信できたらあたしゃ寄付しますよ。